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【さん生さんちの台所】第14号

●台所エッセイ『奇蹟の日』

気候が良くなると一転、出無精を返上して戸外で過ごしたくなる。
何のことはない、気温の上昇を感知して、おもむろに土の下から這
い出してくる虫と大差ない。ははん、なるほど、それで虫並みの感
性しか持ち合わせていないのか、と納得されても寂しいが、まあ偉
そうなことを言ってはいても、中身は所詮その程度のものである。

虫と同等の頭でも、いや虫の気持ちがわかるからこそなのか、陽の
光や気温の変化に妙に敏感なのが我ながらおかしい。朝、起きたと
きにカーテンの隙間から陽射しが覗いていないとすこぶる寝覚めが
悪い。寒いと動きが鈍くなり、曇りや雨の日は、下手をすると終日
半覚醒状態である。もっとも日が暮れてしまえば案外身も心も軽く
なるわけだから、単に血圧が低いだけのことかもしれないが。

4月半ばから初夏の香り漂い始める5月中旬にかけて、ごく稀にだ
が、奇蹟のようにすばらしい気候に恵まれることがある。気温は25
度前後、いわゆる夏日と言われる高さだが、湿度が低いせいか夏場
のそれのような蒸し暑さはない。暑くもなく寒くもない空気はいか
にも肌に心地よく、そよぐ風には新緑の匂いが入り混じり、晴れた
空はどこまでも高く青く澄み切っている。まるでこの世にある生命
のすべてをことほぐような一日。そこかしこに跳ね回る光の妖精ま
ではっきりと目に映るようである。

年に二日か、せいぜい三日、多分そんなところだろう。あらゆる好
条件が揃う日など、めったに訪れるものではない。そういう日には
仕事などさっさと放り出して、のんびりと一日を過ごすに限る。締
め切りも納品日も、頭の痛い金勘定も忘れて、散歩に出るもよし、
少し遠出するもよし、窓から外の風景を眺めてぼおっとするのも、
それはそれで心地よいに違いない。

とは言え人間の生活は、悲しいかな、のっぴきならない事情という
奴といつも背中合わせである。フリーで働いている私でも、どうし
てもその日までに仕上げなければならない仕事があれば、否が応で
もやらなければならない。打ち合わせのために都会の喧噪へと足を
運ばなければならない場合もある。相手方と当方と、互いの予定を
付き合わせて決めた場所と時間だ。天気がいいからと言って、それ
を急にキャンセルするわけには、さすがにいかない。

そう考えるとこの一日が、ますます貴重なものになってくる。せっ
かくの日もスケジュールが合わなければそれまでである。天候に恵
まれるのも稀なら、都合が合うのも稀。これでは年に二日どころ
か、一日あるかどうかも覚束ない。つまりそういう意味でも実に奇
蹟的な巡り合わせなのである。だからもしも、運良くそんな奇蹟の
日に出会えたら、さてどんなふうに時を過ごすべきか。これはも
う、私にとっては人生における永遠の課題と言ってもいい。

まずは庭にテーブルと椅子を持ち出し、パラソルを広げる。猫の額
どころか、アリの額のような狭い庭だが、陽射しや空気は十分だ。
テーブルもパラソルも、ただこの日のために、数年前から用意があ
る。緑色の大きなパラソルの下でくつろいで、好きな本をひもとこ
う。朝陽の名残りが感じられる午前中なら、とっておきのお茶や美
味しいコーヒーでも飲みたいところだ。

太陽が頭上高く輝く午下がりなら、何と言ってもアルコールの類が
欠かせない。実は私は昼酒がこの上もなく好きなのだ。その昔、結
婚して間もない頃だが、お茶でも飲もうと入ったホテルの喫茶室
で、まだ陽も高いというのにいきなりビールを頼んでさん生を呆れ
させたことがある。だがコーヒーが500円でビールが600円なら、
昼だろうと夜だろうとビールの方が得ではないか。そう主張する私
に、結局はさん生も賛同した。

ちなみにこの話を聞いた友人の一人は、コーヒーはお代わりができ
るのだからコーヒーの方が得だと言い張ったが、何時間も長居する
わけではないのだとしたら、やっぱりビールの方が断然得だと私は
思っている。

それはさておき、真昼の太陽のもと、気の向くままにグラスを傾け
る時間は、何にも代え難い喜びを与えてくれるものである。生まれ
てきて良かったな、と心から実感できる一瞬と言ったら大げさか。

もちろんアルコールなら何でもいいというわけではない。昼間から
日本酒をかっくらう気にはならないし、ウィスキーも、どう考えて
も「夜の酒」である。じゃあ、何がいいかと言うと、これまた容易
には決められないから難しいのだが、日常的なレベルで考えれば、
やはり筆頭はビールだろう。

ビールは真夏のものと思われがちだが、春先から初夏の、急に気温
が上昇する頃が一番うまい。しかも、気温が高いだけでは実は不十
分で、本当にうまいビールを飲むためには、湿度も低くなければな
らない。湿度が高いと、飲んだ後から体がべたついて気分がそがれ
る。喉越しもさることながら、体全体でうまいと感じられなければ
意味がない。そう、奇蹟のようなこの一日は、ビールを楽しむのに
も最適な日なのである。

ビールで乾きを癒した後は、ワインと行きたいところだ。それも出
来ればロゼがいい。プロヴァンスあたりのロゼワインを程良く冷や
してグラスに注ぐ。陽を浴びてつやめくバラ色の液体の誘惑に、私
が勝てるわけがない。生ハムとチーズを挟んだサンドイッチをほお
ばりながら飲むロゼワインの美味しさと言ったら・・・!

ここで好きな音楽でも薄く流れていればさらに完璧である。さん生
なら落語のテープを所望するかもしれない。彼は普段から落語を聞
きながら昼寝をするのを何よりの楽しみにしているのだ。まあ、私
としてはいささか不満がないでもないが、それもなかなか味わいの
あるBGMと言えなくはない。

やがてゆっくりと酔いが回ってくる。眠気を覚えたら素直に瞼を閉
じる。世の喧噪を遠く聞きながら、うとうとと眠りの端っこに腰掛
ける。陽が西に傾くにはまだ間がある。頬を撫でる風の心地よさを
感じながら、いささか埃くさい太陽の匂いに鼻をくすぐられなが
ら、惰眠をむさぼる幸せな飼い猫さながらに、しばしのうたた寝を
楽しむのである。

な〜んていかにも気持ちよさそうに書いてはいるが、実はかれこれ
5年以上、そういう思いをしたことがない。それだけ煩雑な日常に
追われて暮らしているということだ。時間の余裕もなければ金の余
裕もなく、当然心の余裕もない。去年や一昨年あたりは、さて四
月、五月がどんなふうに過ぎ去ったのか、それさえ意識しないまま
に終わってしまっている。長年勝手気ままに生き続けてきたツケ
を、実はそんなふうに払わされているのかもしれない。

それでも、今年こそはと意気込んでいる。一年に一日、あるかない
かの奇蹟の日だ。絶対に逃すものかと手ぐすね引いて待っている。
ところがそういう年に限って、なぜか天候があまり順調でない。弥
生三月が妙に暖かかったと思ったら、もうゴールデンウィークだと
いうのに寒い日が続いている。どうやら私に奇蹟が訪れるのは、ま
だまだ先の話になりそうである。

 

●わらいぐま観察記

『おいしい料理は世界を救う・・・かもしれない』

4月14日(日)、朝目が覚めたさん生が唐突に「たまにはミサオさ
んのところで食事でもしようか」と言う。ミサオさんのところ、と
いうのは江古田にある私のお気に入りのレストラン『ビストロ・さ
いとう』のことである。また一体どういう心境から出た言葉か。疑
り深い私は、一瞬返答に詰まってしまった。

「いや、誕生日も何もしてないからさ・・・」とさん生。確かに前
日の13日は私の誕生日だった。さん生は仕事で留守、私はいささ
かの用があって日芸の後輩と飲んでいた。でもねえ、別にそれで不
満はないのである。だって、そんなことは毎度のことだし、誕生日
プレゼントだってもらったことないし・・・。う〜ん。

さり気なく問いつめると、誕生日に何もしなかったことより、その
一週間、一日おきに朝帰りを繰り返していたことに対する後ろめた
さであるらしい。なるほどね。少しは罪悪感があるわけか。

ま、私としてはごちそうしてくれるってんだから文句はないさ。と
言うわけで、その晩は勇躍『ビストロ・さいとう』へと繰り出すこ
ととなった。

店では誕生日ということで、シャンパンをサービスしてもらい、い
つもの赤ワインを飲みながら、久々にうまい料理を堪能した。エビ
とアボカドの前菜、ジャガイモの詰め物、牛のハラミを使った柔ら
かなバベットステーキ、チーズの盛り合わせ・・・etc。ああ、時
にはこういう料理を食べて贅沢しないと人間がダメになる、などと
自分に自分で言い訳しながらの約2時間。

しかし美味しい料理というのは、何でこんなに人間を幸せな気分に
させるのだろう。そう言えば普段でも、多少の諍いはごちそうを食
べることで解決してしまう。さん生の機嫌がどんなに悪くても、夕
食にうまい料理を出せばすべては丸く収まる。もちろん私だって例
外ではない。我々の夫婦関係が、19年の長きにわたって破綻する
ことなく続いているのは、ひとえに私の料理の腕によるものではあ
るまいか、とまじめに考えることさえある。

そもそも紛争とは、「私だけがこんなに損をしている」とか、「私
だけが虐げられている」という不満を表にあらわすデモンストレー
ションに端を発するものだ。自分ばっか朝帰りを繰り返して、好き
勝手やりやがって、という私の不満(実際にはそれほど不満でもな
いのだが)を解決すべく、さん生が提起した和解案が『ビストロ・
さいとう』というわけだ。で、結果、うまく行ったことを考えれ
ば、もしかしたら、おいしい料理こそ、世界あちこちに噴出する紛
争を解決する、必殺手段なのかもしれない。

え? それはあんたの家だけだろうって? はあ、そうかもしれま
せん。そう言えばつい最近、ある本にこんな言葉が載っていた。
「明るい家には金貯まらず」
いや、恐れ入りました。おいしい料理で紛争のすべてが解決して
も、いくら明るい家庭生活であっても、金は確かに貯まらないわけ
で、つまり根本の問題が解決していないんだから、こりゃ、いいん
だか、悪いんだか・・・。

でもねえ、暗くて金持ちの家と、明るくて貧乏な家と、どっちがい
いと聞かれたら、明るくて貧乏な家を、私は取るな。みなさんはさ
て、どう思われます?



●抄録(あとがきにかえて)

4月10日。かねてより調子の悪かったPC、ついに壊れる。ハード
ディスクがやられているもようで、お手上げ状態。修理に出せば一
週間はかかりそうだし、第一、いくら取られるだろう?

もともと6GBのハードディスクに256MBのメモリって、買った当
時はそうでもなかったが、今考えればずいぶんお粗末。これを修理
に出しても、多分また新しい6GBのハードディスクに取り替える
だけで、しかも5万とか6万とか取られるなら、何だか意味がない
ような・・・。だったら、自分でパーツを買ってきて、40GBの
ハードディスクに変えちゃった方が安上がり。ついでにメモリもう
んと増やせば、かなり使い勝手が良くなるんじゃないだろうか。

というわけで、修理は見送り、新しいMacを購入した(とにかく仕
事しなければならなかったので)。ついでに懸案だったTAもルー
タに変えて、ブロードバンド時代にも対応できる準備だけは整った
のだが、なぜかこのルータが使えない。いろいろやったあげくに
NTTに助けを求めたら、何と、モジュラーにラジコンがついてい
た。・・・ってどういういこと?

電話の配線からラジオを引くことってあるのかな? 前の住人は有
線でも引いていたんだろうか。それとも、盗聴部品だったりして?

とにもかくにも、このラジコンを取った途端に、今までのインター
ネット環境が嘘みたいに改善されたのには驚いた。ずっと気になっ
ていた電話の雑音も消えたし、FAXのエラーも解消。はじめからそ
ういうものだと思っていたので、今までは気にもしなかったわけだ
けど、何だかな〜。

ところで、前のPCに入っていたデータは、当然のことながら全部
パァ。ホームページの一部が消え、メールアドレスの一部が消え、
そして実は4月は3〜4本はメルマガを発行しようと、原稿を用意
していたのだがそれも消えてしまった。

自分の頭からひねり出したことだから、再現するのはそうは難しく
ない。でも何となく気力が萎えてしまって、気がついたらもう五
月。本当にみなさま、ご無沙汰いたしておりました。というわけ
で、五月はがんがんいきます。と言っておいて、また一ヶ月以上出
さなかったりして・・・?


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