気候が良くなると一転、出無精を返上して戸外で過ごしたくなる。
何のことはない、気温の上昇を感知して、おもむろに土の下から這
い出してくる虫と大差ない。ははん、なるほど、それで虫並みの感
性しか持ち合わせていないのか、と納得されても寂しいが、まあ偉
そうなことを言ってはいても、中身は所詮その程度のものである。
虫と同等の頭でも、いや虫の気持ちがわかるからこそなのか、陽の
光や気温の変化に妙に敏感なのが我ながらおかしい。朝、起きたと
きにカーテンの隙間から陽射しが覗いていないとすこぶる寝覚めが
悪い。寒いと動きが鈍くなり、曇りや雨の日は、下手をすると終日
半覚醒状態である。もっとも日が暮れてしまえば案外身も心も軽く
なるわけだから、単に血圧が低いだけのことかもしれないが。
4月半ばから初夏の香り漂い始める5月中旬にかけて、ごく稀にだ
が、奇蹟のようにすばらしい気候に恵まれることがある。気温は25
度前後、いわゆる夏日と言われる高さだが、湿度が低いせいか夏場
のそれのような蒸し暑さはない。暑くもなく寒くもない空気はいか
にも肌に心地よく、そよぐ風には新緑の匂いが入り混じり、晴れた
空はどこまでも高く青く澄み切っている。まるでこの世にある生命
のすべてをことほぐような一日。そこかしこに跳ね回る光の妖精ま
ではっきりと目に映るようである。
年に二日か、せいぜい三日、多分そんなところだろう。あらゆる好
条件が揃う日など、めったに訪れるものではない。そういう日には
仕事などさっさと放り出して、のんびりと一日を過ごすに限る。締
め切りも納品日も、頭の痛い金勘定も忘れて、散歩に出るもよし、
少し遠出するもよし、窓から外の風景を眺めてぼおっとするのも、
それはそれで心地よいに違いない。
とは言え人間の生活は、悲しいかな、のっぴきならない事情という
奴といつも背中合わせである。フリーで働いている私でも、どうし
てもその日までに仕上げなければならない仕事があれば、否が応で
もやらなければならない。打ち合わせのために都会の喧噪へと足を
運ばなければならない場合もある。相手方と当方と、互いの予定を
付き合わせて決めた場所と時間だ。天気がいいからと言って、それ
を急にキャンセルするわけには、さすがにいかない。
そう考えるとこの一日が、ますます貴重なものになってくる。せっ
かくの日もスケジュールが合わなければそれまでである。天候に恵
まれるのも稀なら、都合が合うのも稀。これでは年に二日どころ
か、一日あるかどうかも覚束ない。つまりそういう意味でも実に奇
蹟的な巡り合わせなのである。だからもしも、運良くそんな奇蹟の
日に出会えたら、さてどんなふうに時を過ごすべきか。これはも
う、私にとっては人生における永遠の課題と言ってもいい。
まずは庭にテーブルと椅子を持ち出し、パラソルを広げる。猫の額
どころか、アリの額のような狭い庭だが、陽射しや空気は十分だ。
テーブルもパラソルも、ただこの日のために、数年前から用意があ
る。緑色の大きなパラソルの下でくつろいで、好きな本をひもとこ
う。朝陽の名残りが感じられる午前中なら、とっておきのお茶や美
味しいコーヒーでも飲みたいところだ。
太陽が頭上高く輝く午下がりなら、何と言ってもアルコールの類が
欠かせない。実は私は昼酒がこの上もなく好きなのだ。その昔、結
婚して間もない頃だが、お茶でも飲もうと入ったホテルの喫茶室
で、まだ陽も高いというのにいきなりビールを頼んでさん生を呆れ
させたことがある。だがコーヒーが500円でビールが600円なら、
昼だろうと夜だろうとビールの方が得ではないか。そう主張する私
に、結局はさん生も賛同した。
ちなみにこの話を聞いた友人の一人は、コーヒーはお代わりができ
るのだからコーヒーの方が得だと言い張ったが、何時間も長居する
わけではないのだとしたら、やっぱりビールの方が断然得だと私は
思っている。
それはさておき、真昼の太陽のもと、気の向くままにグラスを傾け
る時間は、何にも代え難い喜びを与えてくれるものである。生まれ
てきて良かったな、と心から実感できる一瞬と言ったら大げさか。
もちろんアルコールなら何でもいいというわけではない。昼間から
日本酒をかっくらう気にはならないし、ウィスキーも、どう考えて
も「夜の酒」である。じゃあ、何がいいかと言うと、これまた容易
には決められないから難しいのだが、日常的なレベルで考えれば、
やはり筆頭はビールだろう。
ビールは真夏のものと思われがちだが、春先から初夏の、急に気温
が上昇する頃が一番うまい。しかも、気温が高いだけでは実は不十
分で、本当にうまいビールを飲むためには、湿度も低くなければな
らない。湿度が高いと、飲んだ後から体がべたついて気分がそがれ
る。喉越しもさることながら、体全体でうまいと感じられなければ
意味がない。そう、奇蹟のようなこの一日は、ビールを楽しむのに
も最適な日なのである。
ビールで乾きを癒した後は、ワインと行きたいところだ。それも出
来ればロゼがいい。プロヴァンスあたりのロゼワインを程良く冷や
してグラスに注ぐ。陽を浴びてつやめくバラ色の液体の誘惑に、私
が勝てるわけがない。生ハムとチーズを挟んだサンドイッチをほお
ばりながら飲むロゼワインの美味しさと言ったら・・・!
ここで好きな音楽でも薄く流れていればさらに完璧である。さん生
なら落語のテープを所望するかもしれない。彼は普段から落語を聞
きながら昼寝をするのを何よりの楽しみにしているのだ。まあ、私
としてはいささか不満がないでもないが、それもなかなか味わいの
あるBGMと言えなくはない。
やがてゆっくりと酔いが回ってくる。眠気を覚えたら素直に瞼を閉
じる。世の喧噪を遠く聞きながら、うとうとと眠りの端っこに腰掛
ける。陽が西に傾くにはまだ間がある。頬を撫でる風の心地よさを
感じながら、いささか埃くさい太陽の匂いに鼻をくすぐられなが
ら、惰眠をむさぼる幸せな飼い猫さながらに、しばしのうたた寝を
楽しむのである。
な〜んていかにも気持ちよさそうに書いてはいるが、実はかれこれ
5年以上、そういう思いをしたことがない。それだけ煩雑な日常に
追われて暮らしているということだ。時間の余裕もなければ金の余
裕もなく、当然心の余裕もない。去年や一昨年あたりは、さて四
月、五月がどんなふうに過ぎ去ったのか、それさえ意識しないまま
に終わってしまっている。長年勝手気ままに生き続けてきたツケ
を、実はそんなふうに払わされているのかもしれない。
それでも、今年こそはと意気込んでいる。一年に一日、あるかない
かの奇蹟の日だ。絶対に逃すものかと手ぐすね引いて待っている。
ところがそういう年に限って、なぜか天候があまり順調でない。弥
生三月が妙に暖かかったと思ったら、もうゴールデンウィークだと
いうのに寒い日が続いている。どうやら私に奇蹟が訪れるのは、ま
だまだ先の話になりそうである。