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【さん生さんちの台所】第9号

●台所エッセイ『謎の鎌倉旅行』

これまでに私が鎌倉を訪ねたのは2度だけである。最初は小学校の
修学旅行で、2度目は大学時代、鎌倉に住む先輩の案内による日帰
りの小旅行だった。

小学校の修学旅行に関してはほとんど記憶はない。鶴ヶ丘八幡宮の
階段を上ったことや、大仏様の前で記念写真を撮ったことぐらいし
か覚えていない。むしろ、江ノ島や油壺といった、鎌倉以外の場所
の思い出が鮮明で、鎌倉に関しては通り一遍の風景が頭に刻み込ま
れているのみだ。

2度目の小旅行も、実は似たり寄ったりである。名所旧跡を巡った
のではなく、むしろ鎌倉の裏の素顔を見せてもらったような気はす
る。しかし、にもかかわらずイメージとして残っている映像は、テ
レビなどでよく見る鎌倉であり、旅行雑誌やガイドブックに出てく
る鎌倉であり、結局のところ、特段の思い出があるわけではない。

いや、一つだけ非常に印象的な出来事があった。縁切り寺だったか
どこだったか、とにかく有名な寺の付近で江ノ電の線路を呑気に歩
いていて、先輩ともども、某トンネルで電車にはねられそうになっ
たのである。もしもあの時、ものの見事にはねられていたら、今私
はこの世にはいないかも知れない。

しかも案内してくれた先輩は、こともあろうに男性である。二十歳
そこそこの男女が、二人揃って電車に轢かれて死んだとなれば、お
かしな勘繰りをされないとも限らない。一応断っておくが、二人の
間柄は、先輩と後輩という以外の何ものでもない。恋愛関係にある
わけでもなし、もとより恋愛感情なんて微塵もない相手である。そ
んな相手と一歩間違えて“心中”なんて事態になっていたら、とて
もじゃないが死んでも死にきれない。そうならなくてほんとうに良
かった、と今思い出しても胸を撫で下ろす次第である。

恐らくその出来事があまりにも強烈だったのだろう。鎌倉の思い出
は、いつの間にか全てそこに収斂されてしまい、私の中に残ってい
るのはごく断片的な、脈絡のない、とるに足らないような細かい記
憶ばかりである。たとえば鶴ヶ丘八幡宮の門前にあるお好み焼き屋
の壁の色とか、そんな下らないことである。

さらに、長い年月を経るうちに、そうして実際にこの目で見た景色
より、世間に喧伝され流布されているステレオタイプの景観の方が、
何だか現実味を帯びて感じられるようになっているから困ったもの
である。まあ、情報量から言ってもそちらの方が圧倒的に多いのだ
から、仕方がないと言えば仕方がないのかもしれないが、こうなる
とどれがほんとうの記憶で、どれが偽記憶なのか至って怪しいもの
で、この記憶の混乱には自分でも首を傾げざるを得ない。

ところがそれに輪をかけて、もっと首を傾げさせられる事件が起こ
ったのである。ある日のこと、某旅番組を夫婦二人で眺めていたら、
懐かしの鎌倉が画面に映し出されているではないか。それも大学時
代の小旅行で立ち寄った、八幡宮の門前にあるお好み焼き屋である。
「懐かしい」と思わず声を上げた私に、「ああ、懐かしいね」とさ
ん生。

おや・・・? 私が思わず彼の顔をまじまじと見つめたことは言う
までもない。

「この店に行ったことがあるの?」
「そりゃそうだよ、二人で行ったんだから」
「行ってないわよ」
「何言ってるんだよ、二人で行っただろう」
「行ってないったら」
「いや、絶対に行った」
「行ってませんっ!」

行った、行ってないで、随分長いこと押し問答が続いた。しかしそ
もそもお互いの見解が全く食い違っているのだから、結論など出よ
うはずがない。何しろ夫は私と鎌倉に行ったと完全に思い込んでい
る。片や私には身に覚えがない。これではいつまでたっても平行線
をたどる一方である。

ちなみに先輩との鎌倉行の顛末は、さん生にも話してある。確かそ
の折、さん生はさん生で、仕事で鎌倉を訪れた際のことを事細かに
話してくれたはずである。だから二つがごっちゃになって、わけが
わからなくなっているのだろうと私なりに推察してはみた。しかし
さん生はなおも食い下がる。仕事で行ったのは行ったが、それとは
別に、絶対に私と二人で鎌倉に行ったというのである。

いったいどういうことなのだろう。考えられる可能性は3つである。
一つは私の推察通り、さん生が私の話と自分の仕事の話をごっちゃ
にしてしまったのではないかということ。もう一つは、ほんとうに
二人で鎌倉に行ったのに、私がすっかり忘れてしまっていること。
そして三つ目は、さん生が他の誰かと二人で鎌倉へ行ったというこ
とである。

断言してもいいが、私はさん生と二人では決して鎌倉には行ってい
ない。行っていれば写真の一枚ぐらい残っていても良さそうなもの
である。それに、いくら記憶が混乱しているからと言って、誰と一
緒だったか忘れるほど耄碌はしていない。テレビに映っていた店に
入った折には、来店した客たちが思い思いの言葉を書き記すノート
があって、先輩と二人でかなりふざけたことを書き連ねた覚えもあ
る。これは偽の記憶では決してない。

さん生が話をごっちゃにしているというのが一番可能性が高そうだ
が、本人が強硬に否定するのだから、仕方がない。残る可能性はた
だ一つ。彼が他の誰かと鎌倉に行った、ということになる。

無論、これもまた彼は強硬に否定する。私以外の人間と鎌倉に行く
ことは考えられないという。仕事で行ったのは行った。しかし、そ
れとは別に個人的に鎌倉に行っている。それも一人ではない。一人
でお好み焼き屋に入るわけがない。相手が誰であれ、絶対に二人だ
った、と言い張るのである。

この話、10年以上たった今も謎のままである。とことん揉めた挙
げ句、最後の最後には、自分の記憶の心許なさにつまづいたさん生
が、「俺の思い違いかも知れない」と認めて一応のけりはついた。
何しろ、私が見たこともない映画を、私と二人で見たと言い張るの
は日常茶飯の人なのだ。逆に二人揃って見たはずの映画のストーリ
ーを全く覚えていない、なんてこともしょっちゅうなのである。

しかし彼は今もって私と鎌倉に行ったと思い込んでいる。もちろん、
私は私で、彼とは鎌倉に行っていないという確信がある。

はてさて、いったい彼は誰と鎌倉に行ったのか、それとも誰とも行
っていないのか・・・。真相は後者だ、と私は睨んでいる。彼は仕
事以外には、誰とも鎌倉には行っていない。恐らく単なる勘違い、
記憶違いなのだ、と。

ただ、一つだけ喉に刺さった魚の小骨のように、妙に引っかかる点
がある。もしも、さん生がほんとうに誰かと鎌倉に行ったとしたら、
しかも相手が女性だとしたら、それを覚えていないのはあまりにも
薄情で、無責任で、失礼な話ではないだろうか。私がその女性だっ
たら、と考えると、少しばかり嫌な気分になる。

もっとも、私がそんなことを言えば、すかさずさん生はこう反論す
るだろう。
「俺と二人で行ったことを覚えていない、そっちが薄情なんだろ
う?」

つまり、やはりこの話、結論はとことん出ないのである。






●抄録(あとがきにかえて)

2週間以上、発行できなかった。11月中旬以降、異様に忙しかっ
たのである。仕事が立て込んだのは言うまでもないが、それより参
ったのは放送大学である。12月1日までに、各科目の通信指導問
題を提出しなければならないのをすっかり忘れていたのだ。

困ったことには、ここ数週間、仕事にかまけて全く勉強していない。
放送を見ていないのはもちろん、テキストも開いていない状態。で
も、試験じゃないんだしさ、テキスト読めばわかるでしょう、な〜
んて高をくくってたのが間違いでした。これが結構難しいんだわ。
しかも9科目もあったりして・・・。

法学の基礎理論や憲法については多少下地があったので、案外すん
なりクリアできた。刑法や裁判のシステムなんかについても、まあ、
わかりやすいといえばわかりやすいことだったのでどうにかOK。
意外と手こずったのが民法と経済法(独禁法)。特に独禁法は、い
かにも、「こういうの不得意なんだよね〜」という分野。終わって
からも2、3日は、複雑きわまりない独禁法のシステムが頭の中で
空回りしていたほど。公取委の人ってエライ!

しかし何と言っても、ついでみたいに取っていた『国際関係論』と
『消費者問題の展開と対応』という科目で引っかかったのは痛恨の
きわみ。大学時代の単位がどれだけ認められるか不安だったので、
とりあえず取っておいた共通科目(いわゆる一般教養ね)ですっか
りやられた感じである。だって面白くないんだもん。やめときゃ良
かった、と後悔しても、もはや後の祭りである。

とにかく仕事が優先なので、結局本格的に取り組めたのは最後の3
日間だけ。この3日間は、1日16時間ぐらい勉強してたような気
がする。高校時代だってこんなに一所懸命になったことなかったな
〜。

教訓をひとつ得た。いくら忙しくても徹夜だけはするべきではない。
29日の晩、放送大学の方はひとまず片付いたものの、とうとう仕
事の方にしわ寄せがきて、数年ぶりに完徹。月末なもので、そのま
ま寝ずに銀行回ったり、郵便局行ったりして、布団に入ったのが3
0日午後3時。夕刻まで寝て、またおきて、よせばいいのにワイン
を飲んだら頭が痛くてくらくらする。

翌日も頭痛は続き、そのまた翌日も・・・。4日目、頭痛は取れた
ものの、肩から背中にかけて激痛が。まるで鉄板が入っているみた
い。ずっとパソコンを前に同じ姿勢で仕事をしていたので、すっか
り身体が固まっていたらしい。つまり頭痛は鬱血からきていたのね。

で、今日は12月4日。肩の痛みはまだ残っているが、どうやらや
っと本調子に戻ったところ。ああ、昔は2日ぐらい徹夜したところ
で全然平気だったのに・・・。年は取りたくないものである。



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