落語会の運営方法には様々な形態がある。出演者が所属するプロダ
クションや事務所が主催する場合もあれば、まったく別の制作会社
が企画から運営まで一手に引き受けるという場合もある。大きな落
語会はたいていどちらかの形態を取っている。いずれにしても噺家
本人の負担は少ない。要は一所懸命芸をやればいいだけのことである。
だがそうした恵まれた環境下で自分の会が持てる噺家ははっきり言
って少ない。ほんの一握りである。中規模以下の落語会なら、一切
合切を当人が仕切っていると見て、まず間違いないだろう。企画も
当人なら、会場をさがすのも当人、さがしてきた会場を押さえるの
も当人だし、料金を支払うのも当人である。さらにゲストに出演を
依頼し、チラシやチケットを作り、ダイレクトメールを発送し、切
符の売り上げや当日の客の入りを心配するのも当人。これで客の入
りが薄かったり、噺の出来が悪かったりすれば、陰口をたたかれた
り文句を言われたりするのも当然当人である。
我が夫、柳家さん生の“わらいぐま”の会も例外ではない。一年前
から会場を押さえ、三ヶ月前には演目とゲストを決定し、一ヶ月前
には案内状を出し、場合によってはチケットを手売りする。もちろ
んその運営には、妻である私も携わっている。というより好むと好
まざるにかかわらず、携わらずを得ない。嵐が通る道筋にいれば、
当然のごとく暴風雨に巻き込まれるというわけだ。
チラシの文案を考えたり、マスコミへの挨拶状を作ったり、葉書の
宛名張りを手伝ったり・・・。そして当日ともなれば受付業務を一
手に引き受ける。早い話が、本来は事務所や制作プロダクションの
ような組織が行うべきあらゆる煩瑣な事務仕事を、一家庭が全て肩
代わりしてしまうわけである。これは結構な労力だと思うが、どう
だろうか。
とにもかくにも年に三回、毎度変わり映えのしない地道な努力が繰
り広げられる。こうなると落語会の運営自体がすでに生活の一部と
いっていい。つまりそのために日々暮らしているようなものである。
最早苦労も苦労とも感じない程度には感覚が麻痺してしまっている
が、それでも、たった一日、たった二時間半の公演のために費やす
時間と労苦を考えると、時たま、割の合わないことだなと思うこと
はある。
苦労が多ければ多いほど、しかしやり遂げた後の充実感も当然大き
い。当日を迎えるまでのどたばたは、それはもうひどいものだが、
終わってしまえば何のことはない、夫は上機嫌である。追い出しの
太鼓が鳴り響く中、実に嬉しそうにお客様を送り出している。「さ
あ、酒持って来い!」とその場で陽気に騒ぎはじめそうなほどのテ
ンションの高さだ。
翻って私はと言えば、そんな夫を眺めながら、いつも何だか腑に落
ちないような心地でいる。会が終わった後の達成感は、結局は夫一
人のものなのだ。私にあるのは、やっと終わってくれたという安心
感だけである。その安心感とて、これから荷物を持って家に帰って
着替えてあれしてこれして・・・と後の段取りを考えているうちに
雲散霧消してしまう。女は現実的な動物であると言われるゆえんか
もしれない。
考えてみると、私は昔から祭りというものが苦手であった。楽しさ
は所詮一瞬であり、過ぎてしまえばその快楽に身を任せた自分の馬
鹿さ加減を自嘲するばかりである。余韻にひたるより先に、夢から
醒めたあとの自分の惨めさに思いを馳せ、少しでもショックをやわ
らげようとする一種の自己防衛本能がはたらくのだろう、その最中
であっても今ひとつ心から楽しめない。
ただ、これが誰に遠慮があろう、紛れもなく私自身のための祭りで
あったら、とふと夫の姿に自分を重ね合わせて考えることはある。
恐らく夫以上に気持ちを昂ぶらせ、いつまでもその余韻の中に浮遊
しようとするだろう。華やかなスポットライトを浴びたいというの
ではない。ほんの束の間でいいから、主役の座に身を置いてみたい
と夢想するだけである。一生に一度でもそんな瞬間を持てたら、さ
ぞや気持ちがいいことだろう、と微かなジェラシーを込めて夫を眺
めるもう一人の自分がそこにはいる。
苦手だ苦手だと言いながら、誰よりも祭りが好きなのは、誰よりも
渇望しているのは、もしかしたらほかならぬ自分なのかもしれない。
だからこそ面倒な会の運営にも手を染める。「夫の祭り」の手助けを
惜しまない。結局のところ、終わったあとに一抹の寂しさを覚える
のも、祭りならではの醍醐味なのだ。夫のような充実感や達成感は
ないものの、いつまでもどこかざわつく胸のうちをなだめながら、
そんなことを考えるのも、「祭りのあと」ゆえなのだろう。